今日の一言

東電は重要情報を政府に伝えず


 問い合わせについて、東電から報告がきた。原発事故発生当日の1号機の水位のTAF到達予測は政府に伝えられていなかったことを認めた。


  東電の現場では免震棟に緊急時対策本部が設置され、水位の把握は技術班が担当することになっていた。その技術班が17時15分頃、炉心の露出が開始するTAFに原子炉水位が到達するまで1時間と予測し、テレビ会議を通して本店対策本部にも伝えられたと政府事故調中間報告にある。しかしなぜかこのきわめて重大な情報が政府には伝えられなかった。


  原発が過酷事故を起こした場合、原子炉のオペレーションは電力会社が責任を持つが、住民の避難は総理が本部長の原災本部が責任を持つことになっている。メルトダウンが早い時点で予測されていれば避難範囲の判断にも当然影響を与えたはずだ。


  この問題は、東電の隠ぺい体質が今も続いていることを示すとともに、原発事故の検証が全く不十分であることを示している。

原発事故発生直後の東電の報告


  メルトダウンについてマニュアルに沿って東電が発表していなかった問題を調べていると、福島原発事故発生当日の17時15分に現場の情報班(又は技術班)は、1号機の水位が低下して、1時間後にTAFに到達するという予測をしながら、それを原子力安全・保安院に報告していなかったことが明らかになってきた。


  東電を含む関係者に問い合わせているが、納得のいく説明はまだない。


  4月8日の環境委員会に東電社長が参考人として出席することになっていたのでその時に質問するつもりだったが、委員会が流れ、その次の委員会には東電社長は出席しないとのこと。少し不自然だ。


  このことは政府事故調中間報告の97ページに記述されている。関心をお持ちの人はぜひ見てもらいたい。


  17時15分といえば地震発生から2時間半しか経過しておらず、1時間後に水位がTAFに到達する予測が政府に伝えられていれば、住民避難をさらに急ぎ、範囲も大きくした可能性が大きい。しかし1号の水位についての東電からの報告は22時ごろまだTAFよりも相当上にあるというものであった。


  現在分かっているのは政府事故調の報告の通り、17時15分から1時間後にメルトダウンが始まっていたというもの。なぜ東電の最初の予測が政府に伝えられなかったのか。事故の検証はまだまだ終わっていない。 

政府事故調の1号機について「TAF到達まで1時間」という記述


  今年3月23日新潟県技術委員会配布資料にあった、3月11日17:15情報班メモ「1号機水位低下。現在のまま行くとTAFまで1時間」という記述と同様な内容が政府事故調の中間報告にも記述されていることが分かった。


  政府事故調中間報告の97ページには次のように書かれている。


「④さらに、17時15分頃、発電所対策本部技術班は、1号機について、炉心の露出が開始する有効燃料頂部(TAF)に原子炉水位が到達する時間の予測を検討し、その結果、このまま原子炉水位が低下すればTAF到達まで1時間と予測した。(中略)また、本店対策本部も、テレビ会議システムを通じて同様の情報を得ており、同様の認識であったと考えられる。」



  この東電の発電所現場及び本店の把握した情報は極めて重要であり、当然原子力安全保安院を通じて政府にも報告されるべき内容である。しかし、保安院の業務を引き継ぎ、資料も引き継いだ原子力規制庁に調べてもらったが、当時こうした報告は東電から受けていないということだった。



  原子炉のオペレーションは東電の責任だが、住民避難は政府の原災本部の責任だ。原子炉がどの程度危険な状態にあるのかによって当然住民避難範囲などの判断は異なってくる。この極めて重要な情報を、当時東電は政府にどういう形で伝えたのか。もし伝えていなかったとすれば何故なのか、東電に問い合わせている。


事故発生当日の1号機のメルトダウン予測が政府に伝えられず


  東電は今年の2月24日、マニュアルに従っていればメルトダウンが起きていたことを3日後に発表しなければならなかったが、マニュアルを確認せず、2か月間発表しなかったと謝罪した。


  しかしこのことが判明した平成27年度第4回新潟県原発管理技術委員会報告を読むと、さらに重大なことが明らかになった。それは事故発生当日の3月11日17:15分には「1号機水位低下。ダウンスケール時の-150cm。現在のまま低下していくとTAF(燃料頂部)まで1時間」情報班メモ(政府事故調)という記述がある。つまり1号機は1時間で燃料棒が露出し、メルトダウンが始まるという東電の予測メモである。


  しかし当時総理の私に届いていた報告記録を見てもそうした記述は見当たらない。逆に当日22:00には1号機はTAF+550mmという連絡が東電から来ていた。


  そこで今回、当時の原子力安全保安院の後継組織である原子力規制庁に東電から「TAFまで1時間。」という連絡が保安院に来ていたかを確かめたが、来ていないという。東電にも確かめたが現時点まではっきりした返事は来ていない。


  当時東電からの報告をもとに原子力安全委員会の意見を聞いての住民避難の範囲を決めていた。1号機のメルトダウンが迫っているという報告があればもっと広い範囲の避難を早く決めていた可能性もある。なぜこうした報告が保安院に届いていなかったのか、調べている。


  この様に福島原発事故は重要な事柄についてもまだっきりしていないことが多く、検証は終わっていない。国会事故調の後継組織を国会に設けて、徹底した検証を続ける必要がある。

環境委員会での質疑


4月8日には環境委員会に東電社長が参考人として出席する予定。東電は福島原発事故についてテレビ会議の記録などを完全には公開していない。特に地震発生から24時間の記録は全く公開されていない。メルトダウンの定義についても事故後5年を経た後に新潟県が進めている福島原発事故検証委員会でマニュアルの存在が明らかになったと言う。本来なら事故発生から数日後に発表すべきメルトダウンの発生が数ヶ月後の発表になったと、事故から5年もたってから東電が釈明した。

福島原発事故 事故の実態はまだ分かっていないことが多い。事故発生直後最初に東電から政府に協力要請があったのは電源車の輸送だった。電源車が到着すれば冷却を継続出来るので最優先すべきことという説明であった。地震で道路が各地で壊れ、大渋滞となっていたので警察などに協力するように指示した。午後10時ごろ電源車が到着したという知らせがあり、これで大丈夫だと考えた。しかし、電源車から原発に電線が繋げず、電力が送れないという知らせがあった。なぜ、電気の専門家集団の東電が電源車が到着すれば大丈夫と言っていたのに何故それが出来なかったのか。今でも理由がはっきりしない。配電盤に海水が入ったからだとも言われているが、東電はそのことを認識していなかったのか、今でもよく分からない。

国会事故調の後継組織を立ち上げて、福島原発事故の徹底した検証が必要だ。4月8日の環境委員会ではこうしたことを取り上げてみたい。

大学入学と奨学金


  大学の入学シーズンだ。今日のニュースでも約半数の学生が奨学金を受けているという。しかも大部分は貸与型奨学金、つまり返却が必要な奨学金。


  かつて、「大学は出たけれど」といわれた就職難時代があったが、今は大学を出たとたんに借金取りから追われる時代。これでは若くして結婚をし、子供を産み育てるのは厳しく、少子化はますます進む。


  北欧などの福祉国家では学費は小学校から大学までだけでなく、社会人のスキルアップの研修費用もすべて国が負担し、親の経済力に関係なく大学に進むことができる。ピケテイ氏が言ったように親の経済力の差で学力の格差が拡大すると、経済成長を妨げる原因となる。


  安倍さんは経済的に豊かな人たちに囲まれて育ち、奨学金の返済に苦しむ若者や保育園に子供を預けることのできない母親の気持ちが分からないのだろう。安倍さんの進めるアベノミクスは貧困層を拡大し、格差を拡大している。格差をこれ以上拡大させないためにも安倍政権にNO!を突きつけなくてはならない。

脱原発電力-NF(nuclear free )電力構想


今日からいよいよ電力小売自由化がスタートする。脱原発を求める多くの国民の立場からは原発電力を含まない再エネを中心とした電力を販売する小売事業者 が出現することが期待されている。

しかし、関係者に聞いてみると再エネ電力の発電量がまだ少ないため 安定供給を実現出来るビジネスモデルを構築するのに苦労しているようだ。そこで私なりに、脱原発電力(nuclear free)のビジネスモデルを考えてみた。

まず、電力構成は①90%以上を太陽光、水力、風力、バイオマスなどの再エネ電力とする。②再エネ電力が不足した場合に備えて、年間10%以下の範囲で天然ガスなど火力発電をバックアップ電源とする。③原発電力は0%で含まれない。

このビジネスモデルが成立するには太陽光や水力発電で相当量の電力を確保出来ることが条件となる。 現在水力発電は総発電量の約10%を占めている。水力発電事業は自治体で運営されているものもあるが、多くは原発を持つ九電力会社に所有されている。これを切り離すことができれば 、再エネ電力90%以上のビジネスモデルは十分可能となるはずだ。

私は九電力も脱原発で再エネにシフトすべきだと考えるが、少なくとも再エネ発電事業の拡大を妨げないようにすることが必要だ。 p

日本でなぜ脱原発できないのか


  小森敦司著の「日本でなぜ脱原発できないのか」(平凡社新書)という本を読んでいる。サブタイトルは「『原子力村』という利権」。


  第1章の「村」に切り込むでは、「菅首相と経産省の確執」の項を設け、次のように書かれている。


〝東電の福島原発の事故を受け、当時の菅直人首相は、それまで経済産業省が担ってきたエネルギー政策の決定権を奪おうとする。「原子力村」の主要な村人である経産省は、様々な手を使ってこれを阻もうとする。”


  2011年5月6日、海江田経産大臣の提案を受けて私が浜岡原発の停止要請を行った頃から経産省の画策が激しくなった。

  経産省は福島原発事故以降定期点検などで停止している原発を急いで再稼働させるため、一つのシナリオを描いていたようだ。つまり再稼働に慎重な世論の反発を和らげるため、東海地震の予想震源地の上に立つ浜岡原発は停止させるが、他の原発は安全だから順次再稼働させるというシナリオだ。当時は3・11前の法律で、再稼働は経産省に属する原子力安全・保安院が単独で許可できる仕組みであったからだ。



  浜岡原発が止まった後、経産省は玄海原発を再稼働させるために大臣を現地に送った。しかしこの経産省の目論見は失敗した。私が再稼働に当たってはストレステストや地元同意、また総理を含む関係閣僚の同意が必要なように暫定的な基準を設けたからだ。この時期から原子力村の私に対する攻撃は激しくなった。当時の原子力村の動きについてこの本はわかりやすく説明している。



  原子力村の力は福島原発事故で一時期低下したが、最近では復活してきている。経産省や自民党の原発復帰政策は原子力村の意向をくんだ内容だ。しかしそれでも国民の脱原発を求める世論との間でせめぎあっている。特に電力小売り自由化により消費者である国民が原発電力の不買を始めれば、原発復帰を目指す電力会社はドイツと同様衰退するだろう。

原発電力不買運動


  4月1日から電力の小売り自由化が始まる。これは何を意味するか。


  これまで、東京に住む人は東京電力、大阪の住む人は関西電力、九州に住む人は九州電力からしか電力は買えなかった。つまり、電力会社は地域独占で、消費者は地域的に決まった会社からしか電力を買うことができなかった。しかし4月1日からは電力を買う電力会社を消費者が選べるようになる。


 例えば、原発によって発電された電力を買いたくない人は原発を持っている電力会社からの電力を買わない選択ができる。つまり原発電力不買運動ができるようになることを意味する。


  すでに東京ガスなど天然ガスで発電している会社に切り替える消費者が相当数に上るとみられている。再生可能エネルギーだけの電力を販売する会社もある。まだ再エネ発電は発電量が限られているが、需要が高まれば再エネ発電事業に進出する会社は間違いなく増える。


  ドイツでは従来から原発を持っていた大手電力会社が再エネ事業に出遅れて、経営不振に陥っている。日本でも原発を持つ大手電力会社は原発再稼働に躍起で、再エネ発電事業への進出が遅れている。早く脱原発に頭を切り替えないとドイツの二の舞になるのは必至だ。

民進党誕生と安倍総理の焦り


民進党が誕生した。いいスタートだ。江田憲司氏が代表代行につき、若手の山尾しおりさんが政調会長。自民党のわけの分からない若手や女性閣僚に比べて内容的にもしっかりしている。

安倍総理は焦っている。残された自民党総裁任期2年半の間に憲法改正を発議したいと焦っている。そのためには参院で三分の二の議席確保が必要。そこで消費税を再度先送りし、衆参ダブル選挙で正面突破を図ろうとしている。憲法改正はおじいちゃんの岸元首相がやりたくて出来なかった課題。安倍総理は何よりもおじいちゃんの出来なかった憲法改正をやることが政治家になった使命と考えている人だ。

私は安倍総理の独りよがりな野望を打ち砕くためには二つの事が必要と考えてきた。ひとつは維新との合流で、これは実現した。もう一つは参院の一人区と衆院の小選挙区での市民連合を中心とした野党協力だ。まず4月の北海道と京都での衆院補欠選挙で勝つことだ。困難な局面は続くが少しづつ展望が開けて来ている。

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