今日の一言

脱原発への大きな一歩


 新潟知事選で再稼働に慎重な泉田知事の路線を踏襲する米山候補が当選。日本の脱原発に大きな一歩だ。

 

 新潟の柏崎刈羽原発サイトには7基の原発があり、日本でも世界でも最大。これまで原発立地県の地元県知事の反対があって原発再稼働を強行して例はない。住民に安全な避難については電力会社も原子力規制委員会も責任を持たない。責任を持つのは地元自治体。その責任者が反対すれば当然再稼働はできない。

 

  これまで、原発の是非が最大の争点となった国政選挙はなかった。今回にお新潟知事選では再稼働の是非が最大の争点となり、慎重派の米山候補が当選。鹿児島県の三反園知事に続いての快挙。これからに原発立地県の知事選では最大の争点になるだろう。次期国政選挙でも原発の是非を最大の争点とする選挙となれば、脱原発が実現できるはずだ。

新潟と愛媛県の原発問題


 明日はいよいよ新潟の知事選投票日。泉田知事が進めていた福島原発事故の検証は極めて重要。原発推進の自民党が推薦する候補では検証委員会を引き継ぐことはまずできない。引き継げるのは米山候補しかいない。

 

  来週18日には衆院環境委員会で、私自身質疑に立つ予定。新しい環境大臣、山本公一氏は伊方原発の有る伊方町を選挙区に含む愛媛県出身の代議士。原子力防災担当大臣も兼任している。その山本大臣は住民の避難計画について「100%といえるとは思っていない。完璧な計画はない」と発言。しかし原発事故は自然災害と違って完璧に防ぐ方法はある。住民避難のむつかしい場所の原発は廃炉にすることだ。

 

  特に伊方原発は佐多岬の根元にあり、福島原発と同様な事故が発生すればその先に住む約5千人の住民に避難は極めてむつかしい。台風や津波を伴えば海からの避難もできない。更に伊方原発は熊本地震を引き起こした中央構造線の真上に位置し、地震の発生が特に心配される危険な原発。原子力防災担当でもある山本大臣に地元住民の安全をどう考えているのかを聞くつもりだ。

誰の目にも明らかな原発のマイナス


 新潟県知事選では再稼働の是非が大きな争点になっている。再稼働すれば東電は当面利益が出るが、使用済み燃料が発生し、その処理費用を考えれば国民の負担は増える。そのうえ、事故のリスクも高まる。

 

  かつては安全で安いとされた原発が危険で高いことがだれの目にも明らかになってきた。原発の廃炉にも膨大な費用がかかる。世界的には原発による電力よりも再エネによる電力ののほうが安くなってきている。ドイツなどでは原発を持つ電力会社は再エネへの転換が遅れ、経営不振に陥っている。

 

 日本経済の活性化のためにも再エネへの転換こそが大きなカギだ。それにブレーキをかけているのが原子力ムラだ。既得権益を守るためにコストの高い原発復帰に躍起になっている。本当に困ったものだ。

 

 

誰の目にも明らかな原発のマイナス


 新潟県知事選では再稼働の是非が大きな争点になっている。再稼働すれば東電は当面利益が出るが、使用済み燃料が発生し、その処理費用を考えれば国民の負担は増える。そのうえ、事故のリスクも高まる。

 

  かつては安全で安いとされた原発が危険で高いことがだれの目にも明らかになってきた。原発の廃炉にも膨大な費用がかかる。世界的には原発による電力よりも再エネによる電力ののほうが安くなってきている。ドイツなどでは原発を持つ電力会社は再エネへの転換が遅れ、経営不振に陥っている。

 

 日本経済の活性化のためにも再エネへの転換こそが大きなカギだ。それにブレーキをかけているのが原子力ムラだ。既得権益を守るためにコストの高い原発復帰に躍起になっている。本当に困ったものだ。

 

 

東電経営陣の調書を東京地裁が提示要請


 福島原発事故の東電経営陣の責任を問う裁判で、政府事故調での経営陣の証言調書を東京地裁が調べるため、政府に調書の提出を求めたと新聞各紙が報道。

 

 すでに政府事故調の調書は、本人が了解した調書は全て公開されている。私を含め大半の政治家は了解し、すでに公開されている。東電の故吉田所長の調書も公開されている。それにもかかわらず、当時の東電の会長、社長など経営陣は公開を拒否してきた。まさに東電の隠ぺい体質がここに象徴的に表れている。

 

 東電は事故当時のテレビ会議の記録も東電が認めたもの以外は公開していない。初動がどうであったかが分かる事故発生から最初の24時間の記録は今でも非公開だ。会長、社長が不在で、東電も混乱していたと思われるが、混乱した姿を見せたくないために隠しているとしたらとんでもないことだ。

 

  福島原発事故の教訓を生かすためには東電が隠している全ての記録や資料を公開すべきだ。

自民党推薦候補に再稼働の判断は任せられない


  昨日は新潟市での「太陽の蓋」の上映会に参加し、それに加えて米山知事候補に会い、記者団の前で激励した。

 

 自民党の推薦する候補者は、再稼働に反対する県民が多いという報道を気にして、選挙戦後半になって再稼働に対してより厳しい発言を始めた。しかし推薦する自民党は住民の安全よりも電力会社の利益を重視し、再稼働を急がせようとしている。自民党の推薦を受けて当選した知事では泉田知事の路線を継承することはまず無理だ。

 

 私は、衆議院の原子力問題特別委員会に属しているが、原発立地地域の自民党議員は、事故発生時の住民の安全確保についてはほとんど触れず、地域経済のために早く再稼働を認めるべきという質問ばかり。新潟選出の自民党議員も住民の避難計画の不十分さを無視して、今の規制基準で安全性は十分確保されていると主張している。関心のある人は原子力奥別委員会の議事録を見てほしい。

 

  原発は「安全で安い」という神話が今や完全に崩れ、「危険でその上コストも高い」ことが明らかになっている。電力会社の目先の利益のために、二度と福島の悲劇を繰り返させてはならない。

 

 

新潟へ向かう


  今日はこれから新潟へ向かう。新潟国際情報大学で「太陽の蓋」の上映会に参加する。その前に新潟県知事候補米山さんの応援演説をする予定。

 

 新潟都知事選はデッドヒートになっている。東電は福島原発事故が発生してから最初の24時間のテレビ会議を今でも公開していない。初動がどうであったかが分かる極めて重要な情報だ。泉田前知事は検証委員会で福島原発事故の調査を続けていた。新知事にはぜひ泉田前知事の作った検証委員会を引き継いでほしい。新潟県民の安全確保のためにも必要なことだ。

 

 それには原発推進優先する自民党が推薦する候補ではだめだ。泉田知事の考えを引き継ぐ米山候補に当選してもらわなければならない。

 

 

豊洲問題と薬害エイズ事件


 豊洲の消えた盛り土についての都庁の役人の態度を見ていて、薬害エイズ事件の時の厚生省薬務局のことを思い出した。当時非加熱製剤の使用によって多くの血友病患者がエイズに感染させられ、亡くなった事件である。

 

  厚生大臣に就任した直後、私は薬害エイズについて調査しようと薬務局に当時の感染の経緯が分かる資料の提出を求めたが、「ありません」とは言わずに「見つかりません」との返事。資料があった時の逃げ道を用意しているのだ。そこで私は事件発生当時からの関係する役人や学者を全てリストアップし、調査担当者が面接して私が作った質問項目に答えてもらい、回答をそのまま公開することにした。

 

  調査が始まると間もなく、薬務局長から当時の資料が見つかりましたと報告があった。隠し切れないと判断したのであろう。その資料には非加熱製剤を使用した患者さんが次々とエイズに感染し、発症したことが細かく記述されていた。

 

 厚生省、ひいては国として患者さんに謝罪し、患者さんの求めていた和解に応じ、関係者の行政処分を行った。その後、東京地検の捜査が入り、製薬メーカの幹部と担当した厚生官僚が逮捕され、有罪となった。その製薬メーカの社長は元厚生省薬務局長であった。

 

 豊洲の問題でも当時担当した官僚や知事部局の政治家が知らないということは考えられない。都庁の官僚は組織を守るために口をつぐんでいるのだ。小池都知事がどこまで真相を解明し、都政改革ができるのか、期待を込めて見守っている。

豊洲問題と薬害エイズ事件


 豊洲の消えた盛り土についての都庁の役人の態度を見ていて、薬害エイズ事件の時の厚生省薬務局のことを思い出した。当時非加熱製剤の使用によって多くの血友病患者がエイズに感染させられ、亡くなった事件である。

 

  厚生大臣に就任した直後、私は薬害エイズについて調査しようと薬務局に当時の感染の経緯が分かる資料の提出を求めたが、「ありません」とは言わずに「見つかりません」との返事。資料があった時の逃げ道を用意しているのだ。そこで私は事件発生当時からの関係する役人や学者を全てリストアップし、調査担当者が面接して私が作った質問項目に答えてもらい、回答をそのまま公開することにした。

 

  調査が始まると間もなく、薬務局長から当時の資料が見つかりましたと報告があった。隠し切れないと判断したのであろう。その資料には非加熱製剤を使用した患者さんが次々とエイズに感染し、発症したことが細かく記述されていた。

 

 厚生省、ひいては国として患者さんに謝罪し、患者さんの求めていた和解に応じ、関係者の行政処分を行った。その後、東京地検の捜査が入り、製薬メーカの幹部と担当した厚生官僚が逮捕され、有罪となった。その製薬メーカの社長は元厚生省薬務局長であった。

 

 豊洲の問題でも当時担当した官僚や知事部局の政治家が知らないということは考えられない。都庁の官僚は組織を守るために口をつぐんでいるのだ。小池都知事がどこまで真相を解明し、都政改革ができるのか、期待を込めて見守っている。

古希を迎えて


  2016年10月10日の朝を迎えた。今日は1946年10月10日生まれの私の古希の誕生日だ。

 

  生まれたのは終戦の翌年で、まだ戦争の後遺症が色濃く残っていた。団塊世代の始まりで、私の卒業した山口県宇部市立神原中学校は1学年18クラス、1クラス58人のすし詰め教室。大学生時代は学園紛争の真っただ中で、色々なことを考え、行動した。私にとって政治活動の原点だ。  

 

 1年留年後大学を卒業して社会人になり、結婚したのが23歳。特許事務所勤務の傍ら市民運動を始め、市川房枝さんの選挙を手伝ったのが27歳。ロッキード選挙に無所属で立候補したのが30歳。3度落選し社民連での初当選が33歳。ずっとミニ野党に所属し、初めて与党を経験したのが非自民細川連立政権の時で46歳。厚生大臣になったのが自社さ連立の橋本政権の時で49歳。その後民主党を鳩山さんたちと立ち上げ、鳩山さんの辞任の後を受けて総理に就任したのが63歳。そして東日本大震災と福島原発事故を経験し、総理退任後は脱原発運動を中心に活動し、現在に至っている。

 

  あらためて、今後の生き方を考えている。

 

  

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