今日の一言

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薬害エイズ事件と情報公開


 

 私は今回の選挙で、1996年私が厚生大臣として実践した薬害エイズ事件での情報公開と、安倍政権の情報隠しについて演説しました。みんな熱心に聞いてくれました。薬害エイズ事件は当時大きな反響を呼んだ事件でしたが、20年余り経過して、40代以下の若い人はほとんど知らなくなっています。

 

この事件は血友病患者に投与された非加熱性血液製剤からエイズ感染者が多数発生し、多くの人が命を落とした大事件でした。患者団体からの訴えに対し、私が厚生大臣になるまでは、事件発生当時はエイズの発生メカニズムがまだはっきりしていない時期だったので、患者さんには気の毒なことをしたが、「責任はない」というのが厚生省と製薬会社の態度でした。私は厚生大臣に就任してすぐに調査チームを作り、厚生省が存在しないとしていたエイズ研究班の資料を提出させました。資料には非加熱製剤を投与された患者さんのエイズ感染が増大していることを認識しながら、非加熱製剤を使い続けた事実が記述されていました。当時非加熱製剤を製造していた最大の製薬会社ミドリ十字の社長は厚生省薬務局長が天下りしており、事件の発覚を恐れて隠ぺいを続けていたのです。

 資料の隠ぺいという意味では森友、加計問題と共通です。違うのは薬害エイズ事件では官僚が先輩の失敗を隠すために資料を隠ぺいしたのに対し、森友、加計問題では政治家である総理の関与を隠すために総理官邸の政治家が官僚に隠すように指示している点です。

 

 立憲民主党の枝野代表は政治を国民に近づけることを標榜しています。枝野代表はこの薬害エイズ事件当時1年生議員でしたが、内閣総理大臣に質問主意書を出すなど積極的に取り組んでくれた一人でした。行政情報の公開は政治を国民に近づける最大ともいえる方法です。

 

慎重かつ大胆に


 総選挙が終わり、各党が動き始めました。自民党は議席の上では大勝しましたが、相変わらず安倍総理は森友・籠池問題の追及を恐れて国会での実質審議を逃げ回っています。見苦しい限りです。

 

 希望の党も小池都知事が国政から引く姿勢を示すなど、むつかしい再スタートです。

 

 立憲民主党は総選挙で事前の予想以上の議席を確保し、衆院では野党第一党となり、すっきりしたスタートを切れました。これからが重要です。国民の皆さんの期待を裏切らないように、慎重かつ大胆な活動を始めなければなりません。

 

 私は地元で市民連合など無党派の皆さんとの意見交換を始めようとしています。新しい、市民参加型の政党モデルを模索するためです。

 

 また原発ゼロへの動きも強めていきたいと思っています。主要政党中、自民党を除くすべての党は、濃淡の差はあれ一応「原発ゼロ」を公約に掲げました。超党派での「原発ゼロ法案」を目指すなど、活動を再開します。

 

 

 

介護士、保育士の給与


 今回の選挙で、介護や保育に携わる人の給与を引き上げることが、福祉のサービスを拡大するだけでなく、個人消費を伸ばし、景気回復にもつながると主張しました。この私の話を聞いた介護士の方がネットで拡散し、大きな広がりとなっていたという話を選挙後に聞きました。ネットの力を再認識しました。

 

 アベノミクスは富裕層をさらに富ませる政策ですが、富裕層はさらに富んでもこれ以上買うものがなく個人消費の伸びにはつながりません。比較的給与の低い層の給与を引き上げることが個人消費の拡大につながることはオーソドックスな経済学者の中では常識です。立憲民主党としてしっかり取り組みたいと思います。

 

 

 

新しい夢にチャレンジ


 

 私にとって今回の総選挙は16回目の国政選挙でした。最初の3回の国政選挙では落選し、その後12回当選を重ね、今回は私自身「最終戦」と位置付けて戦いました。土屋氏との戦いは2005年、2009年、2012年、2014年に続いて5回目の「土菅戦争」でした。最初の2回は私が小選挙区で勝利し、総理を退任した後の2回は小選挙区で土屋氏に敗れ、比例で議席を維持しました。そして今回の5回目になる「土菅戦争」で、私が96,713票、土屋氏が95,667票、わずか1,046票、率にして0.45%の僅差で私が小選挙区で勝利し、土屋氏は73歳以上は重複立候補できないという自民党のルールのために、惜敗率は99%でありながら議席を失う結果となりました。

 私と土屋氏の共通点は二人とも世襲候補ではなく、私は市民運動を経験し、土屋氏は市議、市長を経験し、いわばたたき上げの候補であるという点です。ライバルではありますが、どこかで相手を認め合っていたように思います。

 

 さてこれからです。立憲民主党の誕生は私の夢に大きな可能性を与えてくれました。それは小選挙区の候補者を政党の地域組織が決める、市民参加型の政党を生み出すことです。

 

 何年か前、英国のブレア首相が誕生するまでのプロセスを書いた本を読みました。ブレア氏は最初の選挙では労働党の弱い地域から立候補し、善戦しながら落選しました。次の総選挙の時に、別の選挙区で労働党の長老議員が引退することを聞きつけたブレア氏はその選挙区に出かけ、労働党に地域組織のメンバーに自分を候補者にしてくれるように説得しました。見ず知らずの若いブレア氏の熱のこもった話を聞いた労働党の地域組織のメンバーが相談し、ブレア氏に将来性を感じてその選挙区からの立候補を認め、当選させたという話です。そしてブレア氏は若くして労働党内で頭角を現し、長く続いていた保守党政権を倒し、43才の時に首相になりました。

 

 議会制民主主義では議員の質が極めて重要です。そして議員になる候補者をだれが決めるかが重要です。自民党は若くして国会議員になる人はほとんど世襲政治家です。現在総理候補に名前が挙がっている自民党政治家は全員世襲政治家です。つまり、民主主義と言いながら候補者については半ば封建制が続いているのです。

 

最近の新党では公募などで候補者を決めり例も多くなっています。これは大きな進歩ですが、決めるのは党の代表など一部の人に任されています。政党の地域組織が候補者を面接して決める例はあまり聞きません。私は政党がしっかりした地域組織を持ち、立候補希望者を集めて面接などで立候補者を決め、そのうえで当選のために全力を挙げるのが一つの理想だと思います。

 

例えば私の東京18区で、次の候補者を立憲民主党の地域組織で面接などを通して決めることが私の夢です。候補者選定から関与できることになれば、立憲民主党に党員として参加してみようという人も多くなるはずです。そして自分たちが参加して決めた候補者の当選に全力を挙げることになるでしょう。こうした市民参加型の政党、それが私の夢です。

 

これからの展望


 今回の私の選挙では無党派の市民運動や市民派市議の応援の力が大きく、共産党が候補者を自主的に降ろして下さったこともあって自民党土屋議員を追い越すことができました。

 

 立憲民主党をいろいろなテーマの市民運動グループから支持されるような政党にしていくにはどうするべきかを考えています。まずはそうした運動をしている人の国政との窓口役をしっかり務めることだと思います。かつて市民政調といった機構を設けたこともあります。いろいろな方から意見を聞いています。

 

立憲民主党本格稼働


 今日、立憲民主党の議員総会が開かれました。当選した議員の集まりだけに、明るい雰囲気でみんな元気でした。

 

  「国民が政治離れしているのではない。政治が国民離れしているのだ」という枝野代表の話を、どうすれば政治を国民に近づけるかを考えるながら全議員が聞いていました。マスコミは野党政界の再編など、永田町政治のニュースを欲しがっています。こうしたマスコミの姿勢も政治が国民から離れる原因の一つでしょう。

 

 私は地元でも市民連合など無党派グループと一緒に運動や政策作りにをするにはどういう形があるか、考えています。

 

 

目を向けるべきは永田町ではなく国民


 

 野党が分立したことで、自民党が漁夫の利で大勝しました。しかし、安倍政権は不支持率が支持率より高く、安倍総理の間違った憲法改正を強行することはそう簡単ではありません。

 

立憲民主党は1996年の旧民主党結党直後の総選挙で獲得した52議席を超える議席を獲得しました。多くの皆さんの応援ありがとうございました。私自身も2勝2敗であった土屋氏との激戦を制し、小選挙区で当選できました。市民連合の皆さんや候補者の一本化のために候補者を下ろしていただいた共産党の皆さんなど、幅広い皆様の応援のおかげです。本当にありがとうございました。

 

また今回の選挙では、信頼できる元職の仲間が何人も議席を回復し、期待できる若い新人も何人か当選しました。これからの活躍が楽しみです。

 

希望の党の失速を受けて、マスコミは早速永田町的野党再編を話題にしています。しかし、枝野代表が話しているように、まず目を向けるべきは永田町ではなく、立憲民主党に期待していただいた多くの国民の皆様です。政治に自分の意見を反映させたいと思っている人々に、色々な形で参加していただける場を提供することだと思います。

 

私も今回の選挙で大きな力を発揮していただいた市民連合に集う皆さんと、色々な政治テーマに一緒に取り組める場をどういう形で作れるか、話し合っていきたいと考えています。

いよいよ最終日


 

 

 9月28日の突然解散から今日で24日目、総選挙の最終日です。昨日は10月1日に武蔵野市長選で圧勝した松下玲子市長も応援演説に立ってくれました。また福山立憲民主党幹事長も応援に駆けつけてくれました。

 

東京18区は立憲民主党の私と自民党の土屋候補が事実上の一騎打ちで、僅差で競り合っているというのが大方の見方です。私は当選できれば、立憲民主党の下支えをするのが私の役目だと考えています。これまでの私の政治活動では、薬害エイズ事件での情報公開、浜岡原発の停止、再エネ推進のためのFITの導入など評価をいただいたこともあり、またいろいろな失敗もありました。そうした経験の全てを、立憲民主党が自民党と政権を争える政党に成長できるように、縁の下で支えてゆきたいと思っています。

 

最後までのご支援をよろしくお願いします。

立憲民主党と自民党のガチンコ勝負


 

 

 希望の党が失速し、立憲民主党と自民党のガチンコ勝負が注目されています。中でも私の選挙区東京18 区はその象徴として注目を集めています。今日も日本テレビの「ZERO×選挙2017」からの取材があり、10月22日の投開票日に放送されるそうです。

 

 確かに私と土屋さんは立憲民主党と自民党の象徴的な対立候補です。土屋さんの主張は安倍総理とそっくりで、安倍チルドレンの典型です。まず土屋さんは安倍さん流の自衛隊を海外の戦争に派遣できる、集団的自衛権を認める危ない憲法改正に賛成。それに対し私は集団的自衛権は認めず、専守防衛に徹するべきと考えます。原発政策では、土屋さんは原発を再稼働させ、核廃棄物の子孫に残すことに賛成。それに対し私は原発は再稼働せず一日も早く原発ゼロを実現し、自然エネルギーへの転換を強力に進めるべきと一貫して主張してきました。また土屋さんはアベノミクスを礼賛し、お金持ちをもっと豊かにすれば、貧しい人にもおこぼれが届くという考え。私は比較的賃金の低い介護や保育など社会保障分野で働く人の賃金を引き上げることが、個人消費を伸ばし、景気の回復につながると訴えてきました。

 

 このように私と土屋さんは政策面で全く異なっているだけでなく、政治スタイルも対照的です。土屋さんの最初の衆院出馬は、私への刺客として市長を辞任して出馬し、自民党東京の比例単独二位という当選確実な特別扱いを受けた経歴の持ち主です。さらに私が厚生大臣の時に導入した老人介護保険に、当時の土屋市長は反対して、公開討論会まで開いたことがありました。衆議院議員になってからも土屋さんは武蔵野市政に影響力を持とうと必死でしたが、土屋さんの推す市長候補は毎回落選し、今年10月1日の市長選では市民派女性候補が自民党候補にダブルスコアで勝利しました。

 

「土菅戦争」と呼ばれてきた二人ですが、安倍自民党の議席を一つでも減らすために、今回こそはわたくし菅直人に小選挙区で勝たせてください。心からのお願いです。

 

 

土菅戦争


 

私の選挙区、東京18区についてマスコミは「土菅戦争」と呼んでいます。4度の選挙で、総理になる前の2度の選挙では私が小選挙区で一位、総理退陣後の2度の選挙では土屋氏が一位でした。マスコミは現在、土屋氏がわずかにリードし、私が激しく追い上げていると報道しています。

 

今回のこれまでとの大きな違いは、枝野幸男さんが立ち上げた立憲民主党に私が参加したことです。立憲民主党はそれまでの民進党よりリベラル色が鮮明になりました。その分自民党と立憲民主党の政策の違い、ひいては土屋さんと私の政策の違いが鮮明になりました。

 

まず第一は原発政策です。土屋さんは安倍さんと同様原発の再稼働を進め、核廃棄物が子や孫に残るのを容認する立場です。私は原発は再稼働せずに順次廃炉にし、自然エネルギーへの転換を強力に進めることを一貫して訴えています。第二は憲法での自衛隊の位置づけです。この点でも土屋さんは安倍総理と同じく、自衛隊を外国の戦争にも参加できるように集団的自衛権を憲法で認める立場です。私は、専守防衛の立場を堅持し、自衛隊が外国同士の戦争に参加することには反対です。

 

 またかつて私が厚生大臣の時に介護保険制度の導入を図ったときに、導入に抵抗する論陣を張ったのが市長時代の土屋さんです。自社さ政権で自民党も賛成して介護保険制度は導入されましたが、土屋さんの反対には当時驚きました。

 

つまり土屋さんの立場は自民党内でも安倍さんと同様タカ派的保守の立場といえます。しかし三多摩は本来リベラルな風土です。10月1日の武蔵野市長選でも民進党の元都議の松下玲子さんが自民党候補をダブルスコアで下して市長に当選しました。松下さんを応援してくださった方の多くは私の応援をしてくださっています。松下さんに投票いただいた皆さんにはぜひ、松下さんと同じような考えを持つわたくしに投票して下さい。そうして自民党の議席を大きく減らすことができれば、安倍総理のめちゃくちゃな政治にストップをかけることができます。

 

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