今日の一言

不合理な電力供給体制


  原発依存度の高い 関電管内で、電力不足が予想されている。しかし、不足は全国の電力会社で融通し合えば、十分対応できる範囲だ。


  昨日も資源エネルギー庁から説明を聞いた。全国を一律に調整するのは各電力会社の方針もあって難しいとの話。しかし、ドイツやスペインでは多数の発電会社からの電力を、発電会社から独立した送電会社が調整して供給している。日本の場合、発送電統合で地域独占の9電力社体制がそれを阻んでいる。


  関電の電力不足は、逆に、今の不合理な電力供給体制を抜本的に変えるチャンスだ。こうした改革は、長年今の地域独占型電力体制を守ってきた政党にはできない。3.11原発事故を経験した民主党政権こそが、思い切った電力改革をやらなくてはならないし、やれるはずだ。

火山への備え


 先日、火山の専門家から話を聞いた。その時、私の火山に関する認識の間違いに気が付いた。


 私は、火山噴火は地球の中心部にある高温の物質が地表に出てくる現象と思っていた。しかし、実際には火山噴火は地表から100~150キロあたりからマグマが地表に出てくる現象で、地球の中心は地表から6000キロ以上あり、火山に直接には関係ないとのこと。


 そしてマグマは、地球の表面を覆っているプレートの水平移動によって生じる。プレートの移動が原因という点で、地震と同じだ。

  

 そこで その火山専門家は、最近の地震の頻発は、大規模な火山活動の予兆でもあるという。それへの行政的備えが全く不十分との意見。地震に加え、火山に対する対策も しっかり準備が必要。

地元住民の出資


  FIT(固定価格買い取り制度)の条件が出された後、いろいろな意見や相談が寄せられている。家庭の屋根に設置する10KW以下の小型のソーラの固定価格買い取り期間が10年間は短いという意見もある。検討している。

 

  10KW以上のメガソーラの条件はかなり良いというのが一般的な見方。しかし遠隔地の場合、送電線の負担を誰がするのかという問題もある。


  できるだけそれぞれの地域でお金を出し合って発電するのが望ましい。デンマークでは牧畜農家が牧場の一部に風力発電を設置している。海上風力も地元の住民の出資で建設されている。


  農協も農業と発電の兼業農家というコンセプトで積極的に取り組んでほしい。

熱エネルギー


  全原発の停止によって、国民のエネルギーに対する関心が高まり、エネルギー選択の議論が深化してきているように感じる。従来、電力に集中していた議論がエネルギー消費全体の議論に広がりつつある。


  日本において最終的なエネルギー消費は約半分が「熱」、約四分の一が「電気」。約四分の一が「輸送燃料」だ。半分を占める熱を無駄なく効率よく供給できれば、エネルギー全体の効率が高まるだけでなく、CO2削減にもつながる。


  ヨーロッパでは暖房や給湯などの熱供給は自治体が中心で、熱いお湯を各家庭に送っている。熱源の多くは発電所やごみ焼却場からの熱を活用している。しかし日本では、原発はもとより通常の火力発電などでも、都市から離れたところにあるため、大半の熱は利用されないまま捨てられている。


 エネルギー消費の約半分を占める熱についての議論がもっと高まることを期待している。

自衛隊と東日本大震災


 出版されたばかりの「自衛隊と東日本大震災」(瀧野隆浩著)を送ってもらい、冒頭の「原子炉上空へ」を読んだところ。毎日新聞の記者である著者の記事も読んだ。今回の大震災での自衛官の現場での行動、心境をよく理解して書かれている。


 今回の原発事故では、見えない敵がわが国を占領しようとしていた。それを阻止するために多くの関係者が命がけで頑張ってくれた。中でも自衛隊は究極の危機管理組織として、大きな役割を果たしてくれた。

国の責任


 連休が終わり、国会でも明日から社会保障と税の一体改革の議論が始まる。


  昨年スペインに行ったとき「スペインショック」「ドイツバブル」という言葉を聞いた。スペインでFIT(固定価格買い取り制度)が導入された時、条件が良かったので一挙に太陽光や風力発電への投資が殺到したことを「ショック」と表現したもの。しかしその後、条件が厳しくなり、投資はドイツに移り、「バブル」と呼ばれた。


  日本でも比較的良い条件が提示されているので、「ショック」や「バブル」が起こる可能性が大きい。それによって、再生可能エネルギーの割合が一挙に高まるスタートのなればそれも良いことだ。

  

  しかし、そのための条件整備が遅れているとの指摘がある。特に発電した電力を送る送電線の整備が不十分という指摘だ。例えば北海道の北の方は風況はよいが送電線が整備されていない。風力発電を始めたい発電会社が独自で長距離の送電線を引くのでは採算が合わなくなる。


  FIT と導入する以上、送電線は従来の電力会社が引かないのであれば、国の責任で引く必要がある。全国の送電網の整備、周波数の統一など、電力会社任せにしないで、国としての本格的な計画が必要。

災い転じて福となす


  久しぶりにゴルフに出かける。もっとも、雷雨のためハーフで切り上げる。


  今日は、竜巻と雷で犠牲者が出たというニュース。最近頻発する自然災害を見ていると、何か自然が人間に牙を向けてきたようにさえ感じる。


  昨日、泊原発が定期点検で停止。国内の54機、全ての原発が停止したことになる。いずれにしても夏に向けて、節電などの努力が必要。首都直下型の地震などに備えて、病院や公共施設に自家発電機を装備すれば、同時に電力のピークカットにも利用できる。


  災い転じて福となす、という言葉がある。今こそ、欧米に比べて遅れてきた再生エネルギーや家庭用電池などを普及させるチャンスだ。

  また、大都市で大量に発生する食品廃棄物、生ごみ、糞尿などバイオマス廃棄物を、メタン発酵させて発電に使うことも可能。大田区にある「バイオエネルギー」という会社は、毎日100トンのバイオマス廃棄物をメタン発酵させ、発電と共に都市ガスとしても売っている。


  小水力も小規模な発電には向いている。地熱ももっと利用できる。


  こうした多様な発電を受け入れるためには、発電会社から独立した送電会社が必要だ。私が昨年視察したスペインやドイツなどヨーロッパの多くの国は、発送電が分離されている。風力や太陽光発電による出力変動は、今の技術をもってすれば十分吸収できることが実証されている。

文明災


  地元府中の大國魂神社の例大祭に参加。お祭りも盛り上がっている。


  原発を巡る議論も、深まりを見せている。昨年の第一回の復興会議冒頭に、哲学者の梅原猛さんは、今回の原発事故は「文明災だ」と看破された。原発問題は単なる技術論でも、経済論でもなく、人間の生き方、まさに文明が問われている。原発事故は間違った文明の選択により引き起こされた災害と言える。


  もちろん経済や雇用の観点から原発維持を主張している勢力はまだまだ根強い。しかし、原発を持たないでも経済や雇用がうまくいっている国も多くある。オーストラリア、デンマークなどがそうだ。


  他方、再生可能エネルギーに対する関心が高まっている。メガソーラ(大規模太陽光発電)で42円/kwh、20年間固定価格という提示された条件は相当に良い条件だ。一挙に民間投資が始まると期待できる。


  農地の上空を活用するソーラシェアリングなど、パネルの設置を頑丈で安価にできれば、普及の可能性は高い。

現世と来世


 池澤夏樹氏の「すばらしい新世界」を読み進んでいる。


  その中で「科学技術が一種の宗教だというのは案外当たっているのかもしれない」と主人公が語っている場面が出てきた。同時に「やはり問題は、この宗教には来世思想が全くないことだ」と、作者は主人公に述べさせている。


  道徳的な生活を勧める運動など宗教に類似した活動集団があるが、「来世思想」の有無が宗教との違いと説明を受けたことがある。


  私自身は「来世」の存在を信じてはいない。しかしだからと言って、自分が死んだ後の世界がどうなってもよいとは、もちろん思わない。「孫に原発を残さない」と考えるのも、来世は無くても次の世代が我々世代を引き継いでくれる事は信じられるからだ。


  いま問われている原発の問題は、こういう種類の問題だ。経済も重要。雇用も重要。しかし、我々世代の現世利益だけで考えてよい問題ではない。「来世」が有っても無くても、次の世代に引き継いでもらわなくてはならない現世を、引き継ぐに値するものとして残したい。

創造主


  この連休中、池澤夏樹氏の「すばらしい新世界」を読み始めた。オルダス・ハックスレーの本と同名。


 ハックスレーは、人間の幸福を政治的な徹底管理手法で実現した時の非人間性を、逆ユートピアとして描いた。子供のころ父から話を聞き、私の考えに大きな影響を与えた。


 比較的最近になって、妻伸子の勧めもあって、池澤夏樹氏の書いた文章はよく読む。直接会って話をしたこともある。しかし長編の小説を読むのは初めて。主人公が風力発電を制作する技術者で、ネパールに出かける話。主人公も作者も理系の技術者というところで何か妙に共感するところがある。


 科学技術を知るということは、ある種の思想体系を知るといえる。宗教や哲学と違うが、一種の思想である点では共通だ。人間が科学技術という思想をどう受け止め、どう対応するかが問われている。


 46億年前誕生した太陽系。地球上のエネルギー源で、地熱を除けば、太陽によらず人工的にエネルギーを生み出すのが原子力。地球上の生物も、太陽がなければ生まれておらず、その意味で、太陽は全ての生物の創造主、「神」である。


 科学技術は、人間を生み出した太陽という「神」から離れ、独立する技なのか。それとも太陽と共存する技なのか。私は共存する道を選びたい。。

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