今日の一言

原発事故の真相「太陽の蓋」をお見逃しなく


福島原発事故の映画「太陽の蓋」の地元3市での自主上映会が盛況の内に進んでいる。残るのは11月26日の府中市。地元以外では11月29日13時と17時に開始する国会の隣の憲政記念館での上映会。上映会の後、短時間私とゲストでトークを行なっている。

チェルノブイリ事故の関係者から直接取材した「チェルノブイリの祈り」の本を読み終えた。ソ連はこの事故が引き金となって国家が崩壊したと言われている。
日本の福島原発事故もチェルノブイリ事故のように多くの犠牲者が出る瀬戸際であった。当初から原発を推進してきた自民党は、福島原発事故に懲りることなく今だに原発再稼働を進めようとしている。無責任この上ない。原発事故が国民に何をもたらしたか、原発を今なお進めようとしている人には「チェルノブイリの祈り」を読んでもらいたい。

「チェルノブイリの祈り」を読む


昨年ノーベル文学賞を受賞した「チェルノブイリの祈り」を読んでいる。昨年チェルノブイリを訪問し、キエフにある博物館には爆発直後に多くの消防士が犠牲になったことが記録されていた。しかしその後動員された兵士や避難した住民の犠牲者の数は公表されていなかった。この本は、被災地での丹念な取材で多くの人から聞き取った話で構成されている。この本を読むと、事故発生から今日までの30年間に、何万人、あるいはそれ以上の人が被ばくによって犠牲になったことが読み取れる。

 

福島原発事故では急性被ばくで亡くなった人は報告されていない。しかし、避難の過程で高齢者や病人であった人がかなり亡くなっておられる。その後も関連死とされる人もかなりの数に上っている。

 

原発災害は自然災害とは根本的に違う。地震や津波、台風といった現象は自然の力によるもので、人間の力で発生自体を止めることはできない。被害を最小限に抑える努力しかない。しかし原発災害は人間が原発を作ったから発生したのであって、原発を無くすれば当然原発災害もなくなる。つまり原発災害は人間が生み出す災害なのだから、逆に言えば人間の力で無くすることができる。

 

原発を無くする事を最大の争点にした国政選挙が必要だ。

 

 

 

 

「太陽の蓋」都心での自主上映


今朝、福島県沖を震源とする大きな地震があった。今のところ大きな被害は伝わってきていない。しかし、福島第二原発3号機の使用済み燃料プールの冷却が停止したという発表があり、5年半前の福島原発事故の時に1Fの4号機のプールが冷却できず、プール内でメルトダウンが起きる瀬戸際であったことを思い出した。

 

当時1Fの4号機のプールには使用済み燃料だけでなく、定期点検中で使用中の燃料も移されており、冷却できなくなって水が蒸発してプール内でメルトダウンを起こすことが心配されたのだ。原子炉の上部に残っていた水がゲートを圧迫し、隙間からプールの戻ったために危機は回避された。この幸運な偶然が無ければ東京を含む250キロ圏が避難の対象になっていた。私が自著で「神のご加護」があったと書いたのはこうしたいくつかの幸運な偶然があったからだ。

 

こうした福島原発事故発生からの5日間を事実に基づいて描いた映画、「太陽の蓋」の都心での上映会を11月29日(火)、国会の隣の憲政記念館で開催します。昼の部が13:00から、夜の部が17:00からです。当日券1200円、前売り券1000円、学生500円で、どなたても入場できます。一般の劇場での上映が終わったので、ご覧になりたい方は、まだ席に余裕がありますのでぜひお越しください。

東電の新電力いじめ


昨日、経産省の電力・ガス取引監視委員会が、東電の子会社に業務改善勧告を出した。毎日新聞が一面トップで大きく扱っている。

 

早速監視委員会からも話を聞いたが、端的に言えば、新電力に対する東電の嫌がらせだ。つまり卸電力取引所で圧倒的な割合の電力を卸している東電が、限界費用(追加的な発電に要する燃料代等)よりも著しく高い価格で売り注文を出すことで、4年以上にわたって新電力に高い価格で電力を売っていたのだ。

 

卸売市場で扱われる電力の圧倒的な割合を東電が供給しているので、新電力は東電の求める価格で買わなければ電力を安定的に消費者に供給できない。高い価格で東電から電力を買えば、東電との競争に勝てないために、新規参入がむつかしくなる。これでは市場の自由化は進まない。

 

 

 

 

 

自然エネルギー100%の新電力事業の実現


政府の総合資源エネルギー調査会の資料に、「非化石価値取引市場を創設」という言葉があり、注目している。政府は「原発」と「自然エネルギー」をひとくくりにして「非化石エネルギー」という言葉で表しているが、まずCO2も放射能も出さない自然エネルギーだけを扱う「自然エネルギー価値取引市場」を創設することが望ましい。

 

自然エネルギー100%の電力を適正な値段で供給してくれる新電力があれば、そこから電力を購入したいと思っている国民は多いはずだ。しかし現状では水力を除く自然エネルギー電力は全体の3%程度で供給量が限られており、自然エネルギー100%の新電力事業は成立していない。

 

しかし水力が活用できれば話は変わる。現在旧電力や都道府県などが所有する水力発電所全体の電力供給量は全体の10%に達している。そこで現在、旧電力や都道府県が所有する水力発電所の電力を原発や火力発電と区別して「自然エネルギー電力」として卸売市場に卸すことにすれば状況は大きく変わるはずだ。つまりは「自然エネルギー価値取引市場」を創設することだ。

 

私が水力の活用を思いついたのはドイツのシェーナウ電力から「脱原発勇敢賞」を受けた時だ。シェーナウ電力はチェルノブイリ事故をきっかけに生まれたドイツの市民電力会社で、自然エネルギー100%の電力を供給している。その自然エネルギーの大部分は当面ノールウエイの水力発電所から卸してもらっている。日本でも東京都の水力発電所の電力は競争入札により、新電力の一つに売却されている。

 

 

新電力事業にはある程度の資本と技術力が必要だ。志ある人やベンチャー企業にはぜひ自然エネルギー100%の電力供給事業を起こしてほしい。私自身、時間と資金があれば取り組みたい事業だ。

ジジババ子供支援の会構想


昨日、子育て真っ最中のパパママグループと懇談し、その中で一つのアイデアが生まれた。それはジジババ世代が住んでいる地域の子供の宿題など学習支援をする場を作れないかという構想だ。

 

今の子育て世代の大半は共稼ぎでパパもママも仕事は忙しい。保育所の送り迎え、放課後の学童保育や塾など子供の面倒と、忙しい仕事を両立させるのに苦労し、疲れ果てている。一方65歳から75歳のサラリーマンリタイヤ世代は、知力も体力も現役世代に劣らず、自由時間は十分にある人が多い。

 

ジジババが近くに住んでいて孫の面倒を見ている例は多いが、遠く離れていれば不可能だ。このジジババ世代の力を地域の中で子供の学習支援に活用できないかという構想だ。

 

コミニティーセンターや空き家などを活用して地域で放課後使える場所と、子供の安全を確保できる体制が構築できれば、宿題の手伝いなどボランテイアで子供を教えてもいいと思うリタイア世代は結構いると思う。一つのモデルケースを作れないか、子育て世代とさらに話し合ってみたい。

エネルギーと食料の自給


安倍総理は早くも来週、トランプ次期アメリカ大統領と会談することを決めた。会談すること自体は悪い事ではない。トランプ氏の登場は世界にとっても日本にとっても大きな不透明要素であることは間違いないからだ。問題は安倍総理がトランプ大統領の誕生に対して、どういう対応を考えているのかだが、その点はまだ不明だ。

 

トランプ氏の登場はこれまでのようにアメリカの対応を待って日本の在り方を考えるのではなく、日本自身が自らの将来を自ら真剣に考えるチャンスでもある。戦後日本は日米同盟を背景に、経済成長を遂げた。ある意味では経済成長することが日本国民の共通目標であったと言っても言い過ぎではない。

 

しかしこれから日本は長期に人口減少が進むことは避けられず、経済が飛躍的に成長することは不可能な時代に入ってきた。新しい日本の共通目標は何か。私はエネルギーと食料の自給ができる国であって、同時に文化的で平等で、安定した民主主義国であることを目標とすべきではないかと考えている。フランスなどはそれに近い国の一例だろう。

 

エネルギーに関しては福島原発事故が多くのことを日本人に考えさせるきっかけになった。これまで日本はエネルギー資源がないから貿易で生きてゆくしかないと教え込まれてきた。過去の戦争も究極的にはエネルギーと食料をめぐる争いだった。しかし、福島原発事故以降急激に拡大した太陽エネルギーをもとにした再生可能エネルギーによって、日本でもエネルギー自給が可能であることがはっきりしてきた。

 

そして、エネルギーがあれば、国土は狭くても水に恵まれた日本は食料自給も可能だ。人口が減少し、エネルギーと食料の自給が可能であることを基本に、新たな日本の将来像を描くことができるはずだ。こうした前提に立てば日本は文化的で、平等で安定した民主主義国家として維持、発展できるはずだ。

 

トランプショックを前向きにとらえて、日本の将来像を真剣に考え、活発に議論したい。

パクス・アメリカーナ終焉後の日本の選択


アメリカ大統領選の結果をどう受け止めるかの論評が盛んだ。多くの識者は、第二次世界大戦後70年余続いたパクス・アメリカーナの終焉という見方である。圧倒的な経済力と軍事力を背景に世界のリーダーとして大きな影響力を行使してきたアメリカが、アメリカ第一、つまり世界秩序の責任まで負いたくないというトランプ氏を大統領に選んだ。私もその見方に基本的には同感だ。

 

問題はパクス・アメリカーナが終焉した後に、どういう世界秩序が構築されるかだ。そしてその中で日本はどういう姿勢で世界と向き合うかだ。日本は日米同盟の中で経済的に発展し、有数の経済大国になった。アジアの一角にある日本が安定した民主主義国として存続するためにはどういう方針を持つべきか。日本自身が深く考える時が来ている。

 

まず第一には日本国内の社会的分断を避けることだ。今回の大統領選ではアメリカ社会に充満していた不満が、現状を変えてくれそうだという一点でトランプ氏を選んだ。日本にも格差の拡大など不満が拡大している。こうした不満が拡がれば、日本社会もアメリカのような社会的分断や排外主義が高まりかねない。まず、社会的分断を是正する政策を、しっかり実行しなくてはならない。

トランプ候補の勝利が意味するもの


アメリカ大統領選でトランプ候補の当選が決まった。トランプ氏の勝利をどう受け止めるべきか。現状に対し大きな不満を抱えたアメリカ国民が、既成政治家であるクリントン氏ではなく、政治家として全く未知数のトランプ氏を、現状に対する不満を共有しているという一点で選んだということだ。

 

しかしこの選択が何を生み出すか。現状を変えてほしいとトランプ氏を選んだ人たちも、何をどう変えてほしいかという点では方向性はバラバラだ。トランプ氏のこれまでの発言からは内政面での具体的な改革の方向は見えてこない。

 

外交面ではトランプ氏のこれまでの発言からすると、世界への関与を弱め、モンロー主義的傾向が強くなる可能性がある。日本としてそれをどう受け止めるか、これまで以上に深い洞察が必要だ。

アメリカの大統領選


アメリカの大統領選が迫ってきた。トランプ候補のような暴言を吐き、対立を煽るような人物が善戦していること自体に危機感を覚える。

日本でも他の国でも同様な傾向が強くなっている。多くの人が社会にフラストレーションを感じており、暴言を吐いて既成の政治家を小気味好く罵倒する候補を応援することで、そのフラストレーションの解消を求めているように思う。

安倍総理の国会答弁にもそうした傾向が強い。質問に答える前にまず相手の政党を罵倒して、話を本質からずらす。安部総理も1期目の時には比較的まともに答えていたが、再登場してからはひどい答弁に変わった。アベノミクスの失敗が明らかになっても絶対にそれを認めない。理屈ではなく相手を非難しやり込めることではぐらかす。
しかし多くの国民もそろそろその安倍総理のそうした態度に嫌気を感じてきている。

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