3.11の今日、考えること


 5年前の大震災、津波と共に発生した福島原発事故で私の原発観、更には人生観も大きく変わった。


  私は小さいころから科学技術的なことが好きで、将来は科学者か技術者になろうと思っていた。しかしギリシャ神話のプロメテウスの話を知ってから、知恵、つまり科学技術が人間を幸福にする事も多いが、逆に不幸にすることもあるという矛盾を考えてきた。


  科学技術を人間が制御できるのかどうか、ずっと考え続けている。科学技術と芸術の違いについて、私は蓄積ができるかできないかの違いにあると考えている。つまり芸術では、素晴らしい絵や音楽を何度の見聞きし、勉強したからといって誰でもが同じような作品が作れるわけではない。しかし科学技術の分野では、先人が発明した技術は、勉強して理解すれば先人の発明を実施することはできる。つまり芸術は蓄積されて他人に伝えることはむつかしいが科学技術はそれが可能ということだ。


  このような科学技術の特性のために、蓄積が進んだ結果人間が制御できないようなものが生み出される可能性が出てくる。その一つが核兵器だ。また最近では将棋や囲碁もコンピューターの方がプロよりも強くなりつつある。


  原発について、私は3・11までは人間の力で制御可能と考えていた。しかし、実際に福島原発事故を経験して、その考えが間違っていたことをいやというほどに知らされた。


 今でも多くの関係者は原発は制御できると言っている。しかしそれは「想定の範囲内」の事故であって、「想定外の事故」ではない。福島原発事故は「想定外」の地震、津波とされているが、今後もいろいろな「想定外」が起きうる。チェルノブイリやスリーマイル事故は人為的ミスが原因であった。航空機やミサイルによる攻撃、テロによって原子炉を暴走させる恐れなど意図的に事故が発生することも十分に考えられる。事故が無くても使用済み核燃料の放射能による影響は世代を超えて残る。


  福島原発事故は東京を含む250キロ圏に住む5千万人が避難しなければならなくなる瀬戸際の事故であった。東京を含む日本の約三分の一の地域が人間が住めない状況を想像してほしい。強い恐怖を覚えるのは私だけではないはずだ。3・11の今日はそのことを考える日だ。

今日の一言 トップに戻る