取材失敗の責任を他者に転嫁する産経新聞の「極言御免」


 虚偽報道という私の指摘に答えていない、という私のブログに対し、12月24日の産経新聞の極言御免で「もう一度お答えしますが、」という記事が掲載された。「紙面上で返答されたい」という私のブログに対し、紙面上で返答がなされたことに対しては評価したい。

 

しかし、「虚偽報道」という私の最も重要な指摘に対しては相変わらず肯定も否定もしていない。報道機関にとって「虚偽報道」と言われるのは最大の侮辱であるはず。それなのに「虚偽報道」であることを肯定も否定もしないのは報道機関として卑怯であり、資格を疑うという前回の主張はそのまま繰り返しておきたい。

 

今回の12月24日付の極言御免では「吉田所長が東電本店の指示に逆らい、独断で海水注入を続けたため、中断はなかった」と認めている。海水注入の中断がなかったことと、中断が東電本店の指示であったことを極言御免が初めて明確に認めた。

 

しかし、それに続いて「だが記事が出た段階ではその事実は判明しておらず」と責任を他に転嫁している。しかし、海水注入が継続していたことは東電の現場責任者である吉田所長はもちろん、現場で注水作業に携わっていた東電職員は当然知っていた。つまり産経新聞の取材が不十分で海水注入継続の事実を把握できず、「中断」という間違った報道をしたということである。

 

極言御免では独自の取材として東電本店や政府機関が公開していない情報も、重要な情報として報道している。海水注入が継続していた事実を把握できずに、間違った情報を流したことは明らかであり、その責任を他に負わせることは報道機関として責任放棄だ。間違っていたことが分かった段階で謝罪し、訂正するというのは報道機関として当然の責務だ。

 

さらに今回の極言御免では「産経は菅氏自身が直接停止を指示したとは書いておらず、あくまで菅氏の意向を受け止めた東電が停止したと指摘している。」と記述。停止が私に指示でなかったことも極言御免では初めて認めた。事実、私の意思とは関係なく東電の武黒氏が吉田所長に停止を指示したのである。東電内部の指揮系統と指示内容の問題であることは明らかだ。

 

2011年5月21日付の産経一面の記事は「地震翌日1号機『首相激怒』で海水注入中断」という見出しで始まっている。この見出し自体が虚偽報道だ。つまり、2011年3月12日午後6時からの会議では冒頭、武黒氏から海水注入の準備には一時間半から二時間かかるという報告があり、事実6時の時点では海水注入は始まっていなかった。「海水注入を開始したにもかかわらず菅直人首相が『聞いていない』と激怒した」と記事にあるが、海水注入が始まっておらず、東電の武黒氏から海水注入開始の報告がないにもかかわらず、「聞いていない」と私が言うはずがない。

 

海水注入問題で最も重要なことは「中断」があったかどうかと、誰が「中断」を指示したかである。中断はなく、指示が東電の武黒氏であったことまで極言御免で認めた以上、2011年5月21日付の「首相激怒で海水注入中断」という産経新聞の報道が虚偽報道であったことを正式に認めるべきだ。まさに報道機関としての資格が問われている。

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