改めて原発事故を考える


  福島原発事故から4年、この間、衆参3度の国政選挙、それに都知事選もあったが原発の是非が最大の争点にはならなかった。何故なのか。


  考えたくないことは考えない。そんなムードの流されている。


  事故発生の直後から、私と吉田所長は期せずして同じように「東日本の壊滅」の強い危機感に襲われていた。5000万人の日本人が住む東日本から全員が逃げなければならないということが何を意味するか。何を必要とするか。当時必死になって考えたが、とても全てを考え切ることはできなかった。


  事故後、小松左京著の「日本沈没」を改めて読み、映画を見た。まさに日本社会全体の崩壊の地獄絵が描かれている。福島原発事故の拡大が止まらなければ、日本は「日本沈没」と同様な地獄絵になっていたであろう。


  誰もそんなことは考えたくない。だから考えない。それでいいのか。


  地震など自然災害は人間の力では発生自体を止めることはできない。できるのは被害を小さくする備えだ。しかし原発事故は自然災害ではない。人間が原発を作ることから生まれる災害だ。原発を作らなければ原発災害は生まれない。


  この当たり前のことを考えた上で、それでも原発が必要と言えるのか。大戦争に匹敵する被害を覚悟してまで原発を使い続ける必要があるのか。考えれば結論は誰の目にも明らかだ。考えることをしなくなっていることが最大の問題ではなかろうか。

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