原発事故と飛行機事故の違い


 原発事故と飛行機事故の違い



飛行機事故が起きた。飛行機の墜落事故を完全になくすることは出来ないが、飛行機の運航は続いている。何故か。それは飛行機事故による人的、経済的損害が社会の許容限度内と考えているからだ。もし一件の飛行機事故で何万人もの人命と何兆円という経済的損害が発生するとしたらどうだろう。社会は耐え切れず、飛行機の変わる輸送手段を選ぶだろう。

  それでは原発事故はどうか。原発を稼働させればチェルノブイリ、スリーマイル、そして福島のような過酷な原発事故の可能性を「完全」にゼロにすることは出来ないと専門家も認めている。それでも原発の稼働を続けるのかどうか。その判断は原発事故の人的、経済的損害に社会が耐えられるかにかかっている。

  福島原発事故のとき想定された「最悪のシナリオ」は首都圏を含む東日本から五千万人が長期間避難しなければならないというものだった。放射能という敵に国土の三分の一を占領され、そこに住む人々は難民となって逃げることになる。戦争被害と同じ規模だ。それに伴ってどれだけの人的、経済的損害が発生するか。膨大すぎて簡単には予測できないほどだ。

  今電力会社は地震や津波対策を盛り込んだ改善計画を示し、安全性は確保されたと、再稼働の申請を始めた。しかし誰も事故の可能性はゼロとは言わない。今、最も重要な点は事故が起きる可能性の大小ではなく、事故が起きた時に社会がそれに耐えられるかを議論することだ。国土の三分の一の地域から5千万人が避難することになっても日本社会はそれに耐えられるかという問題だ。事実上の日本崩壊の危機を受け入れるつもりがあるかという問題だ。

  先日も浜岡原発の原子力館で電力会社の人の説明を受けた。福島原発と同様な地震津波が起きた場合に備えてあらゆる対策を施したというものだった。しかしそれでも技術に「完全」ということはないので、事故の可能性についても「完全」にゼロとは言えないという。しかしそれは技術という範囲で原発事故を無くそうと考えているからだ。それに気が付いていない。

原発事故を「完全」になくす方法はある。それは原発のない社会にすることだ。これは技術で解決できる問題ではなく政治的意志で解決すべき問題だ。


民主党は福島原発事故の直後に、地震の震源地となる可能性の高い浜岡原発を政治的要請として停止させた。そして原発に代わる再生可能な自然エネルギー促進のための固定価格買い取り制度を導入した。そして2030年代原発ゼロを政権担当をしていた時に約束し、国のエネルギー基本計画に盛り込み、具体的にロードマップを示して推し進めた。残念ながら自民党政権の誕生で白紙に戻された。


参院選の渦中に再稼働の申請が出ている。事故の可能性がゼロでない原発は日本におくべきでないというのが民主党の基本的考え方で、他の野党と違い、民主党政権下でその方針に沿って相当進めてきた実績がある。原発ゼロを本当に実現できるのは民主党だ。


明日は比例候補の樽井候補の応援で、東電柏崎刈羽原発に「原発ゼロ」キャンペーンに出かける。

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