菅直人が語る原発事故(4)(7/27)


菅直人が語る原発事故(4)(7/27

<官邸での対応>

1903分に官邸に原災本部を設置し、事故の状況を把握するため原子力安全・保安院、原子力委員会そして東電から状況を説明できる担当者を集めた。保安院からは寺坂院長、安全委員会からは斑目委員長、東電からは原子力担当副社長経験者の武黒フェローが集まってくれた。

  官邸の地下にある危機管理センターは、地震津波対策で大声が飛び交っていた。原発事故は地震津波とはかなり性格を異にする。地震、津波は発生時点が最大の危機だが、原発事故では事故がどこまで拡大するかが問題。そこで、集中して話を聞き、対策を相談できる場所がないか事務方に聞いたところ、大部屋である危機管理センターのすぐ隣で、大部屋の様子も窓から見える中二階のような小部屋が使えるという。そこに関係者を集め、対策を話し合うことにした。

大規模な地震津波対策と、誰もが未経験の重大原子力事故対策という両面作戦が始まった。


<原子力安全保安院>

原災法では原災本部は本部長は総理大臣と決められているが、行政的には原発事故の対応に当たる中心組織が原子力安全・保安院であり、保安院が原災本部の事務局を担うことになっている。私は原子力安全・保安院の職員は当然原子力の専門家が中心だと考えていた。私の厚生大臣や財務大臣の経験でも、官僚はその担当分野の専門家集団である。厚生省でいえば年金、医療、介護などの専門家、財務省でいえば税や金融などの専門家集団だ。そこで当然、原子力安全・保安院も原子力の安全に関する専門家集団だと思っていた。しかし事故について保安院長から説明を聞いていておかしな感じを受けた。一般にも言えることだが、説明している人が内容を理解して説明しているのか、それともよく理解していなくて説明しているのかは分かる。寺坂院長の話は私には何が言いたいのか理解できなかった。そこで「あなたは原子力の専門家なの」と聞いた。そうすると寺坂氏は「私は東大経済学部の出身です」と素直に答えた。私は、本来保安院のトップは原子力の専門家であるべきだと思うが、百歩譲っても保安院長本人がそうでないのなら保安院にいる原子力の専門家を同行するべきだ。特に今回のような重大事故では、原子炉が今後どうなるのか、メルトダウンの可能性やそれを防ぐための対策が十分検討され、実施されているのか知りたいのは当然のことだ。しかし、その後院長に代わって出てきた保安院次長も技術系ではあったが原子力の専門家ではなかった。そして事故から3日目になって、急きょ経産省の他の部門から保安院に移籍した原子力に詳しい専門家が担当になった。

<東電の対応>

原災法では原発事故では原子炉など原発敷地内(オンサイト)の対応は事業者である東電が責任を持つことになっている。しかし今回のような重大事故(シビアアクシデント)では、東電単独では対応できない問題が、事故発生当初から頻発した。

事故発生後最初に東電から官邸に協力要請があったのは、電源車の確保と運搬への協力であった。本来なら、全電源喪失に備えて、非常用冷却装置に必要な電源を高台に用意しておくべきであった。それがなかったため、電源車を現地に送ることが必要になった。当初、東電は電源車が早急に到着すれば、非常用冷却装置を相当時間稼働できるので、その間に本来の電源を回復させることができるとの説明であった。

この過程で私が電源車の重量や寸法を電話で伝え、ヘリコプターでの輸送が可能かどうかを聞いたことを取り上げ、総理が「マイクロマネジメント」に手を出したと民間事故調は批判した。しかし、この時点では電源車を一刻も早く現地に送ることが最優先課題であり、原子力安全・保安院など本来動くべき部門の官僚組織が機能しない以上、私自身を含めて、官邸が直接対応せざるを得なかった。

そして夜の11時ごろ最初の電源車が現地に到着し、これで事故の拡大を抑えられると官邸でも歓声が上がった。しかしその後、東電からプラグが合わないなど、技術的な理由で非常用冷却装置に電源車の電気を送れなかったという報告があった。電気のプロ集団でありながら、電源車との接続が可能かどうか事前に分からないということに愕然とした。

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