菅直人が語る原発事故(2)


菅直人が語る原発事故(2)(2012.7/12

<発災>

 2011年3月11日、午後2時46分、東日本大震災が発生した時、私は参院の決算委員会に出席していた。決算委員会は前年度の予算を執行した結果である決算についての質疑で、参院ではとくに重視されている。しかしこの日の質疑では、野党議員からは、外国人からの政治献金問題が集中的に取り上げられていた。前の週に前原外務大臣が外国人からの政治献金問題で追及を受け、外務大臣を辞任していた。その直後に、私にも同様の問題があると報道されたためである。

  参院は野党が過半数を占めるいわゆる「ねじれ」状態にあるため、野党の攻撃は激しかった。審議日程などでも野党の主張に配慮して決められ、総理大臣は予算委員会や決算委員会で長時間答弁にあたっていた。

指摘された人物は、私が仲人を務めた人から中学高校時代の同級生で不動産業を営む友人と紹介された人だった。日本名で、外国人とは思っておらず、数年間で合計104万円の献金を受け、政治資金として報告していた。指摘を受け、弁護士に依頼して本人に確認してもらったところ、日本生まれの在日韓国人で、国籍は韓国のままだということが分かり、献金は返却した。その後、検察庁への告発があったが却下され、さらに検察審査会に申し立てもあったが,起訴にあたらないとの決定が下され、法律的には完全に決着した。今後、政治資金を受ける時には日本国籍であることの確認が必要だ。

 地震が起きて、大きな揺れが相当長く続いた。天井から釣り下がっているシャンデリアも大きく揺れた。私はシャンデリアが落ちるのではないかと心配し、答弁席に座ったまま椅子の両側をつかんで、シャンデリアを見上げていた。速記をしていた国会職員は机の下に身を隠していた。

 長い時間の揺れがようやく収まったところで、鶴保委員長が委員会の休憩を宣言し、私はすぐさま国会から官邸に向かった。

<危機管理センター>

 官邸に戻った私は、地下の危機管理センターに直行した。すでに官房長官など集まっており、次々に関係者が参集した。直ちに緊急災害対策本部を設置し、救援体制を組み始めた。まずは人命救助である。最初の72時間がカギといわれる。私は1995年の阪神・淡路の大震災で自衛隊の出動が遅れたことを思い出し、防衛大臣に早急な自衛隊の出動を指示した。防衛省としてすぐ出動可能な人数は2万人ということで、まず2万人の出動命令を出した。そして私から北沢防衛大臣にさらに多くの自衛隊員出動の検討を要請した。翌朝、被災状況をヘリコプターから自分の目で見た。海岸沿いは海と陸の区別がつかない状況であった。各地からの被害報告を聞いて、最大限の救援が必要と判断し、北沢防衛大臣と相談の上、翌312日には出動する自衛隊員10万人体制を指示した。

<原発事故>

 東日本大震災の発災直後には、福島第一、第二サイトの原発はすべて緊急停止した。しかし、地震発災後三陸海岸を襲った大津波により、約1時間後、福島第一原発は次々と全電交流源喪失に陥り、1542分、東電から経産大臣に原災法10条の特定事象の連絡が届いた。更に約1時間後の1645分、12号機の非常用炉心冷却装置注水不能という原災法第15条事象発生の通報が東電から経産大臣に届いた。

<危機管理>

 全交流電源喪失の報告を受け、1636分、まず、「東京電力福島第一原子力発電所における事故に関する官邸対策室」を設置。そして、1645分東電から経産大臣に12号機の原災法15条事象の通報後、1号機については一時水位が確認できたとして特定事象を解除し、更にその後水位が確認できなくなったため1712分に特定事象を再度連絡するなど情報は混乱していた。経産大臣からは1742分に原災法第15条事象等の状況に関する報告とともに、原子力緊急事態宣言にかかる上申案が提出された。これを受けて1903分、原子力緊急事態宣言を発令。同時に、原子力災害対策本部を地震、津波に対する緊急災害対策本部のある、地下の危機管理センターに設置した。

後に、経産大臣に対する第15条通報から原災本部の設置までに時間を要したという批判が出た。中には総理の説得に時間を要したといった見方も出た。しかし、私が原災本部設置をためらう理由は全くなかった。すでに地震津波の対策のための緊急災害対策本部が全閣僚で設置され、危機管理センターは臨戦態勢に入っていた。原発事故に対しても官邸対策室は立ちあがっており、経産大臣の上申(1742分)から原災本部設置(1903分)まで1時間余りかかったが、その間も情報収集や野党党首との会談が行われ、原発事故に対する具体的対応が遅れたことは特になかった。

 未曽有の大地震と津波、それに加えて世界でも初めての複数の原発のシビアアクシデント(重大事故)。この二つの事態に同時に直面することになった。地震については阪神淡路の大震災などいくつかの経験もあったが、今回のような複数の原発がメルトダウンするようなシビアアクシデントは世界でも初めてで、誰もしたことのない経験だった。


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